慶応三年六月一日

慶応三年六月一日














慶応三年六月一日今日は旧暦の6月1日にあたる。受難の家族一家5人。。。。記録に寄れば、、現、祖父江町の新助一家6人、信州は善光寺参拝を目指すも 途中 甚目寺町で男子一人を家に戻して旅を続け、5月上旬に 現、設楽町津具地区にさしかかり、流行り病に倒れ、村民の手厚い介護もかいなく 次々と亡くなり、、、、、とあり、最初に女の子が亡くなるのが6月1日、つまり今年は今日 7月22日になる。合掌

icon06一月以上もの介護、、、、アタマが下がる思いで言葉にならない、、

時間なくなっちゃったぁ~icon26icon26icon26戻ってから、、、いつかは本にまとめておこうと思ってるのだが(><)


この記事へのコメント
これが6月1日ですか。
いい話ですね。
今日の日食、
写真は準備無いと、
危ないので気をつけてください。
Posted by 愛ちゃん2 at 2009年07月22日 07:44
愛ちゃん2 さん江

はやぁ~ビックリ、、、、おはようさんです。

トホホホホ、、今日は足助へ母の点検!、戻って仕事で工場へ、そして春日井と小牧へ、戻って、?主夫、?ちょっとカメラの余裕ありません(><)、途中で空を仰ぐだけでしょう
Posted by totutotu at 2009年07月22日 07:57
往来手形ですか・・・
貴重な資料ですね。すごいなぁ~
Posted by ひゅうひゅう at 2009年07月22日 11:20
無縁仏、我が家にもあります。
子細は知りませんが、行き倒れの方らしいです。
盆と年末しか祀っていないのですが・・・。
昔は貧しくとも、無縁の人を大切にしたのですね。
貧しいからこそ、お互いということでしょうか。
Posted by saijikisitara at 2009年07月22日 11:49
ひゅう さん江

お久しぶり!。。

今は形見になった貴重な古文書に天保銭。
 
ちゃんとマトメておかなくては(><)


saijikisitara さん江

田口も交通の要所、、伊那街道の重要なポイント。。。。そういうことも多かったんでしょうね?。

今の時代より、、ビックリするくらい、助け合いや、信頼関係があるんですねぇ。紙切れ一枚で、その本人と承知をする訳だから。

手紙でも金銭でも送るわけ!、、ネコババされても と、心配するのは私ら現代人の発想、、、、、。いい方向へ向かってるはずなのにねぇ!思いやり、優しさ、、、確実に退化してます(><)
Posted by totutotu at 2009年07月22日 12:47
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    コメント(5)